1. 本校の概要
本校は、岩手県盛岡市に位置し、岩手のビジネス教育の拠点として大正2年に設立され、2013年に創立100周年を迎えた伝統のある商業高校です。流通ビジネス科、会計ビジネス科、情報ビジネス科の3学科から成り、各科2クラス編成で1学年240名が在籍しています。
「士魂商才」の精神を柱に据え、社会や企業から求められる人材を育てることを教育目標とし、「広い視野と高い志」をもって学び続ける意欲、「課題の解決と新たな価値の創造」に挑戦し続ける姿勢、「商業に関する高い専門性とマネジメント能力」の育成に取り組んでいます。
2. 本校のキャリア教育への取り組み
私は、2018年度から3年間を通して、この3月に卒業した生徒たちの担任を受け持ちましたが、本日は主に就職に関する取り組みについてお話をさせていただきます。
岩手県のキャリア教育の指針として、「総合生活力」と「人生設計力」の育成が示されていますが、本校ではとくに「人生設計力」の育成に力点を置いて、キャリア教育を設定しています。生徒が主体的に人生計画を立てて進路を選択・決定できるように、勤労観や職業観、将来設計力などの能力を高めるための教育活動を学校全体で計画的・組織的に取り組んでいます。1年次は「地方創成プロジェクト」、2年次は「インターンシップ」、授業科目の「課題研究」、その他さまざまな体験活動を展開し、自己理解を深め、自己肯定感を養い、自己実現に必要な力の育成をめざします。
本校では、入学直後4月段階の進路希望は就職が60%、進学が40%という割合です。就職希望者の希望職種の内訳は、「事務職」がすべての学科にわたって多く、とくに女子生徒に人気があります。「専門職」は、ITやプログラミングに興味をもっている「情報ビジネス科」の生徒たちに多いです。「販売」と「サービス」の職種は、アパレルや観光、ホテルなど、生徒たちが消費者として関わっているので、憧れの気持ちからやってみたいという希望になったようです。「未定」の30名については、部活動を目的に入学してきたという生徒や高校生活を楽しみたいという生徒になります。3年間のキャリア活動を通じて、どのように変遷していったか、最後に見ていただければと思います。
▼入学時 就職希望者の希望職種の内訳
3.「キャリアパスポート」の基礎資料として、『進路ノート スタンダード』を活用
2020年度からは、成長と変容の記録ツールとして、生徒たちが自ら記入した記録が小学校から高校まで蓄積されていく「キャリアパスポート」がスタートしましたので、本校でも取り組んでいるところです。進級・進学しても引き継がれますので、この春、中学3年生は自分たちで記入した「キャリアパスポート」をもって本校に入学してきます。より充実したキャリア教育のために、「キャリアパスポート」を役立てていきたいと思います。
「キャリアパスポート」は、生徒にとっては、自らの活動記録を振り返ることで考えを整理できますので、キャリア形成の見通しを立てることにつながっていきます。また、教師にとっては、生徒たちの思いや考え方を知り、生徒理解を深めることによって、生徒の成長を促し、系統的な指導に役立てることができる重要なツールとなります。生徒たちがさまざまな体験をとおしてどのように成長していったか、変容したかを記録して、継続的な評価を行うことで、キャリア教育の質の改善と向上を図っていくことが大切だと思います。
どのように成長したか、考え方に変化があったかをまとめるために、今までもさまざまなプリントや感想用紙を用いてきました。「キャリアパスポート」の導入にあたり、「キャリアパスポート」を作成していくための基礎資料の一つとして『進路ノート スタンダード』を活用しました。
『進路ノート スタンダード』は全体で15テーマありますが、3年間の指導計画に合わせ、7テーマに絞って実施しました。
ワークシート形式なので、自分の言葉で話したり書いたりすることで、自分を振り返るきっかけになると思います。また、コミュニケーションを得意としない生徒も多いので、グループワークなどを通して自分のことを伝えることができるツールにもなります。自分に自信をもてないという生徒が少なくないため、ワークをとおして自身の再確認と他者との共有を図ることで、自己肯定感を高めたいという狙いもありました。
それでは、キャリア教育の実践を振り返り、入学時から卒業までの進路指導について、どのように『進路ノート スタンダード』を活用したかを中心に、キャリア指導をご紹介したいと思います。
▼【仮説】進路ノート=キャリア・パスポートの基礎資料
4. 1年次のキャリア教育
◎4月『進路ノート スタンダード』テーマ2
まず1年次の4月に「テーマ2 充実した高校生活を送ろう」を実施しました。入学したばかりのタイミングで、これから始まる高校生活で何を意識して過ごしていったらよいのか、どのような能力を伸ばしたいのか、充実した高校生活を過ごすために取り組みたい目標を考えさせました。
自分の気持ちにあてはまる項目にマークをしたり、記入したり、生徒が進めやすいように工夫が施されています。流れに沿って一つひとつのワークを進めていくことで、気持ちを整理することができ、客観的に自分を見ることができたようです。生徒の事後の感想は、次のようなものがあります。
・自分は何ができて何ができていないのか、また、これから取り組みたい、挑戦したいことを表に記入することでやるべきことが明確になった。
・普段、意識しない部分を振り返ることができ、自分の足りない部分や自信につながる部分を見つけるきっかけになった。
・高校生活での目標を具体的に整理しやすかった。
続いて同じ4月に、「テーマ4 自分の個性を知って生かそう」を実施しました。小学校や中学校時代の自分はどうであったかを振り返り、これからの高校生活について考えさせたいと思い、また、たくさん出てきてしまいがちな欠点や短所を、前向きなことば、見方に転換させて自信につなげたいと考え、このテーマを選びました。生徒の中には、規模の小さい中学校から入学して来る者もおり、いきなり240人の同級生がいると萎縮してしまいがちなので、そういう観点からも自信をつけてほしいと思いました。
さまざまなワークを進めるうちに自分を客観的に見つめ、欠点や短所なども自分の個性としてプラスに転換することができ、自己肯定感を高めることができたようです。生徒の事後の感想は、次のようなものがあります。
・私は負けず嫌いでがんこな所があり、それが欠点だと思っていたけど、違う見方もあるのだなと知ることができたし、自信につながった。
・文章にすることによって「こんなことしてたっけ」「これできてるかな」と自分を再認識することができた。
・どんな自分も「個性」としてとらえることを学んだ。
◎8月 盛岡「さんさ踊り」に参加
盛岡で長い間受け継がれてきた伝統文化に、「さんさ踊り」があります。1年生の生徒全員、盛岡の夏祭り「さんさ踊り」に参加しました。
地域とのつながりや伝統文化の継承を意識することができたと思います。また、みんなで練習することで、生徒たちの活気にもつながりました。
◎9月「地方創成プロジェクト」
1年生での活動の軸となるのが「地方創成プロジェクト」です。2013年から創立100周年を契機として始め、地域とかかわる体験をとおして生徒の成長を促すための取り組みです。
2018年は「貿易」というテーマで実施しました。1クラス8班に分かれ、1学年全体で48グループとなり、県内の事業所や自治体を訪問して取材しました。どういう現状にあるのかを調べ、それをポスターにまとめ、文化祭にてポスターセッションという形で発表を行いました。
生徒たちは、地域の方たちとのやり取りをとおしていろいろな発見があったようで、自分たちが住んでいる地域の良い所を見つけることができたと話しておりました。
◎11月『進路ノート スタンダード』テーマ9
入学後半年が経った11月に、半年間のさまざまな活動を振り返り、自分の興味・関心、能力について考えさせ、自己理解を深めるために、「テーマ9 自分をPRするスキルを伸ばそう」を実施しました。志望先はどのような人物を求めているか、その特徴を考えて効果的な自己PRを作成するというワークです。
自分たちの活動が就職や進学でのPRになるということを再確認でき、自分の興味・関心を生かすためにはどのような進路がよいのかを考えるきっかけになったようです。
また、ワークシートの中に、「自分では気づいていない資質・能力がないか友だちにチェックしてもらおう」という部分がありますが、客観的な視点からの助言が参考になり、良かったと思います。生徒の事後の感想は、次のようなものがあります。
・すぐ自己PRを書くのは難しいけれど、一つひとつ自分のことを振り返って整理することができるので、これならわかりやすく簡単に作成することができた。
・自分の資格・能力・興味・関心をまとめることで、志望先が求めている人物像に当てはまる自己PRを書くことができた。
・自分の長所がわからないときは、周りに聞いてみることによって、自分をPRするスキルを伸ばすことができた。
5. 2年次のキャリア教育
◎5月『進路ノート スタンダード』テーマ12
2019年度になりますが、2年次での大きな活動として7月~8月にインターンシップを実施しました。その前に、仕事への意識を深めておくために「テーマ12 仕事選びのポイントをつかもう」を5月に実施しました。仕事を選ぶときに何を重視したいか、仕事によって得られるものは何か、賃金や社会保険の基礎知識についてなど、ワークをとおして学びます。
生徒たちは、消費者としてしか職業を知らなかったし、見ていませんでした。テーマ12のワークによって、見えている部分の裏側にたくさんの仕事があるということを理解してもらえ、インターンシップを行う前の意識啓発を図ることができました。次のように、さまざまな感想がありました。
・自分の知らない職業を知ることができて、その職業がどんな役割を果たしているのかをざっくり知ることができた。それを知ることで、職業を選択するときに役立つ。
・自分が将来何をしたいのかわからないときや曖昧な人は、どれが自分に適性があるのか、何をしたいのかを知るきっかけになる。
・販売業のことだけを調べるのではなく、その販売業が商品を仕入れている会社、商品を作っている会社について調べることも大事だと思う。
◎6月『進路ノート スタンダード』テーマ13
2年次の6月に、「テーマ13 人生の軸となるものを考えよう」を実施しました。インターンシップでは、アポイントメントをとったり、実際に働いている人と接する機会が多くなるため、まず自分自身について理解を深めておく必要があります。テーマ13のワークをとおして、自分自身について改めて整理することができ、未来は何をしたいのか、どういう方向に行きたいのかなど、考えるきっかけとなったようです。人と話すことが好きであるとか、裏方の作業のほうが好きであるとか、そういう属性をそれぞれ自覚することもできました。
◎7~8月「インターンシップ」
2019年7月~8月のうち3日間、2学年全員でインターンシップを実施しました。事前調査で生徒の希望を確認しておいて、できる限り希望に沿うような企業をピックアップしてお願いをし、実施しました。
生徒たちは、今まではお客の立場であったので表面的なところしか見えていなかったのが、インターンシップを経験して、普段見ることのない裏側を知り、働いている方の想いや苦労、責任などを理解し、それぞれ感じるところがあったようです。
改めてその職業に就きたいと思ったり、自分に向いているかいないかを考えたり、やりがいや誰かのためという気持ちの大切さに気づいたり、進学をして資格が必要だと再認識したり、さまざまな感想がありました。
1年生での実施がよいか、2年生がよいか迷いましたが、いろいろ考えて振り返ることで、最初に思っていたことと変化してもよいということができましたので、2年生の時点でも遅いということはないと思いました。
◎11月「地元企業を知るガイダンス」
次は11月に、地元企業を知るためのガイダンスを実施します。地元企業18社に来校していただいて、一人4社に参加させます。3社については、学科の特性に応じて流通ビジネス科は小売・サービス系の企業、会計ビジネス科は金融関係、情報ビジネス科はソフトウエア関係の企業を指定し、あとの1社は好きなところに参加させました。
◎「課題研究」授業
以上の活動は「総合的な学習の時間」で実施しましたが、本校では「課題研究」という授業の中での体験学習があります。
地元の企業や大学の協力と支えによって、商品開発を行って3か月の期間限定販売をさせていただいたり、架空の起業計画を考えたり、企業からいただいた課題の解決策を提案したりしました。企業の方々と話しをする機会をもてて、たくさんの学びがあったようです。これらの経験をとおして生徒たちの成長が見られたと思います。
6. 進路希望の変遷~入学時と比べて
先ほど、入学時の進路希望の状況を見ていただきましたが、入学時から卒業まで3年間のいろいろな活動を経験する中で、生徒たちの希望職種の変遷と、最終的にどのような職種に就いていったかを振り返りたいと思います。
1年次4月の時点と2年次3月を比べますと、2年生では「未定」が30人から12人に減りました。
また、当初は少なかった「生産」と「輸送」(鉄道業界)への希望が増えていました。
最終学年となる昨年は、新型コロナウィルス感染拡大による影響を受けて選考スケジュールの変更や求人数の減少など、大きな混乱が生じました。そのような状況の中、3年生の3月、この春の卒業時ですが、コロナ禍においても「事務」の人数は最終的にはほとんど変わりませんでしたが、「販売」と「サービス」などの職種では求人が減ってしまい、生徒は当初の希望と違うところにシフトせざるを得ない状況となりました。
▼2年生3月 就職希望者の希望職種の内訳
▼3年生卒業時 決定職種の内訳
7.『進路ノート スタンダード』まとめ
『進路ノート スタンダード』は厳選されたテーマが15種類あり、活動を記録するためのレポート「職業人インタビュー」「進学した先輩インタビュー」「インターンシップ」「オープンキャンパス」も付いているので、状況に合わせて必要なものを選べ、使い勝手がよいと思いました。
1年後にもう一度、同じテーマを書いてみようということをさせました。1年前の記述を振り返り、変化や成長を感じることができたと思います。
言語化してみることはとても大切だと思います。流れに沿って、一つひとつのワークに記述していくことによって、自分の考えを整理できますし、客観的に見ることもできます。
さまざまな活動をしているのだから成長しているんだよということを伝えてあげたいと思うのですが、『進路ノート スタンダード』に取り組ませることによって、自分の成長を確認させることができ、自己肯定感の向上にも役立ちました。
『進路ノート スタンダード』は、「キャリアパスポート」を作成するための基礎資料としても有効に活用できたと思います。