総合学科のキャリア教育の一例と 『高校生のキャリアノート』の活用

■ 本校の概要

 本校は、東京都北区に位置し、平成23年度に設立された総合学科高校です。東京都内の総合学科高校としては、最も新しい学校になります。本校には、5つの系列と100を超える選択科目が設置されており、生徒たちは夢の実現に向けて、自身の興味・関心に沿った時間割を作り上げていきます。まだ開校されて日が浅くはありますが、部活動も盛んで、18の運動部と14の文化部があります。特に、フェンシング部が都立高校で設置されているのは珍しく、女子がインターハイに出場しました。他にも、チアリーディング部やダンス部も関東大会への出場経験があります。

 

■ 本校のキャリア教育

 総合学科で育てる力とは何でしょうか。旧文部省「総合学科について」によると、総合学科における教育の特色は、第一に「将来の職業選択を視野に入れた自己の進路への自覚を深めさせる学習を重視すること」、第二に「生徒の個性を生かした主体的な学習を通して、学ぶことの楽しさや成就感を体験させる学習を可能にすること」とされています。そこで、本校を含む総合学科高校では、「生徒自身による時間割の作成」「キャリアガイダンスの充実」「キャリア教育の重視」等の様々な取り組みを行っています。
 総合学科におけるキャリア教育の導入は、1年次の「産業社会と人間」(通称「産社」)という科目が担っています。産社では、生徒たちが自身の将来の生き方や進路について考察し、各自の興味・関心に基づいて職業との関連を深めていきます。具体的な活動例としては、職業適性検査、インターンシップ、職業人インタビュー、大学・専門学校訪問、ライフプラン作成、次年度以降の科目選択等が挙げられます。
 本校のキャリア教育関連科目は、前述の産社に加え、1・2年次「人間と社会」(東京都教育委員会が独自に設置している学校設定教科)と3年次「総合的な学習の時間(課題研究)」が中核を成します。本校では、個人での課題研究を高校生活3年間の総括として実施しています。

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  課題研究の一例をご紹介します。東京都北区在住のある生徒は、自身が生まれ育った北区をより良い街にしたいという考えから、「きっと住みたくなる街、北区」と題して課題研究を行いました。生徒は、「シェアリングエコノミー(※1)」の概念に着目し、北区に多く存在する「高齢者のスキルと時間」と「ほとんど使われることのないマンションの集会所」という2つの遊休資産を活用すれば、学童保育等の終了時間後でも親が子どもを安心して預けられる仕組みを作ることができるのではないかと考えました。また、これはスキルと時間のある高齢者の方々に能力を発揮し、社会に関わっていただける場にもなります。
 この研究を机上だけで終わらせないため、同生徒は北区役所にアポイントメントを取り、11月29日に訪問して企画「北区こども見守りクラブ」について説明しました。職員の方からは高い評価と有意義なアドバイスを頂くことができました。また、この研究は、昨年末に開催された「東京都立総合学科高等学校 教育活動成果発表会」にて、本校代表として発表されました。発表の様子は、平成31年1月28日付の日本教育新聞で取り上げられています。

 

■ キャリアノートの活用

(1)職業理解のために

 本校では、平成30年度の1年次「産業社会と人間」における職業理解に関する項目で、『高校生のキャリアノート』の<テーマ3 職業 いろいろ発見>と<テーマ4 インタビュー 職業人>を使用しました。
 テーマ3のワーク1「たくさんの職業チェック」は、職業名のリストを見て知っている職業には○、名前を聞いたことのある職業には△、初めて聞く職業には×を記入するというワークです。このワークに取り組んだ生徒たちからは、「職業を選ぶ際に人の役に立ちたい、役に立てるって感じられる職業が自分には良いんだなと思いました」等の感想がありました。次に、ワーク3「働き方のいろいろ」では、働く理由や目的の観点から様々な項目をチェックしていくことで、生徒自身が希望する働き方を探っていきます。このワークへの感想としては、「たくさんの職業を知ることができました。自分のなりたい職業と、自分がしたい働き方を比べることができ、ためになりました」等がありました。この言葉は非常に重要で、こういったことを生徒たちが自ら書くことができたという点に、『キャリアノート』の価値が見出せます。

▼『キャリアノート』テーマ3表紙

▼本校オリジナル教材(一部掲載)で内容を深く掘り下げる。

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(2)金属リサイクル会社を訪問

 <テーマ4 インタビュー 職業人>は、本校の1年生238名が参加した職場訪問で使用しました。今回は、東京都板橋区にある金属リサイクル会社への訪問事例を取り上げます。実際のところ、金属リサイクル事業は本校の生徒たちにはあまり馴染みのない分野です。しかしながら、職場訪問の真の意義は、知っている会社についてさらに知ることよりも、興味を持っていない会社に行くことで、どれだけ新しい扉が開かれるかにあると考えています。

▼『キャリアノート』テーマ4表紙

▼訪問後はポスターセッションとして内容をまとめる(画像は本校オリジナル教材)。

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 同社には、ウェルカムボードもご用意いただき、生徒たちを快く迎え入れていただきました。初めに、生徒たちは「『動脈産業』と『静脈産業』との連携が必要」であるとのレクチャーを受けました。動脈産業は製品の製造に関わる産業、静脈産業は製品のリサイクルに関わる産業を指し、同社は後者に属します。表に見える動脈産業を裏から支える静脈産業の存在は、生徒たちにとっては一つの発見となりました。
 次に、生徒たちは、同社が取り扱う非鉄金属について学びました。同社では、金属の色、重さ、やすりで削った際の感触、削った後の色の違い等の判断基準の下で、非鉄金属の仕分けを行っているとのことです。中には、表面にメッキ加工等が施されているものもあるため、注意が必要です。そして、生徒たちは冷媒管の「皮むき」に挑戦しました。冷媒管とは、エアコンの屋外機器と屋内機器とを結ぶ銅製のパイプです。銅製のパイプには断熱材が巻かれているため、その断熱材を剥がす作業、つまり皮むきが必要となります。
 金属の分別を体験した後、生徒たちは作業着とヘルメットをお借りし、作業現場を案内していただきました。「ギロチン」と呼ばれる鉄を裁断する機械等の様々な機器や、社員の方々の作業の様子を見学しました。同社の広報担当の方によると、生徒たちが熱心に見学する様子に社員の方々も喜ばれていたとのことです。また、生徒たちは、分別した金属の計量作業を体験しました。計量結果によって当然金額も変わってくるため、これは非常に重要な作業になります。
 訪問後、生徒たちからは「回収した銅がまた誰かの生活の道具になって循環し、結びついているのだと思うと、中小企業のこのような仕事が自分の生活を支えているのだと思いました」や「私たちが普段快適に生活できているのは、企業の方々が頑張ってくださっているからなのだと、職場訪問を通して実感しました」等の感想がありました。
 職場訪問を終え、テーマ3とテーマ4を使ってみての感想として、担当教員からは<テーマ3 職業 いろいろ発見>は50分で実施しましたが、付属の「授業サポートガイド」に基づいて効率よく授業を進めることができました。また、生徒たちも難なく課題に取り組むことができ、自分発見に繋がったようです。何よりも、生徒たち自身が面白がって取り組んでいました」「テーマ3は、RIASEC(※2)と合わせて実施したことでより効果が上がりました」「<テーマ4 インタビュー 職業人>は、言葉遣いの習得など、職場訪問の事前準備に効果的でした。また、職場訪問の最後に社員の方から『何か質問はありますか』という問いかけがあった際も、『キャリアノート』の効果もあってか、生徒たちは例年より深みのある質問をしていました」等の声がありました。

(3)自己PRをブラッシュアップ

 『キャリアノート』活用の過去の事例を拝見したところ、<テーマ19 自己PRスキルズ>を使用している学校が多いことに気づき、本校でも平成29~30年度の2・3年次のホームルーム活動等で活用することにしました。また、せっかく使用するのであれば、何回も繰り返し使用してみたらどうだろうかと考えました。そのような「実験」を試みた事例としてご紹介したいと思います。
 最初に同テーマを使用したのが、2年次の3月です。使用直後に実施した「志望理由書模試」と、3年次5月に実施した「面接講習会」と有機的にリンクさせています。面接講習会の実施時期あたりには志望理由書模試の結果も返却され、書き言葉と話し言葉の2つの面から自己PRの内容を深めていくことができました。8月以降にAO入試等が始まるので、ぜひ生徒たちにはここで学んだ成果を活かしてもらいたいという目的もあります。
 当初、多くの生徒が自己PR文の作成に苦戦していたようです。そもそも、本校には約30%の生徒が推薦入試で入学してくるためか、高校入試と同様に自己PRを「自分を売り込むこと」だと認識している生徒が多く、このような「刷り込み」を一掃する必要がありました。ワーク1で「自己PRとは、相手とよい関係を築くもの」だと学んだ生徒たちは、目からウロコといった様子でした。
 また、3年生対象の面接講習会は、当日は他学年が校外学習に出ているので、校内全ての教室を使用して実施しました。残った教員および外部から招聘した面接官が、3年生全員を対象に模擬面接を行います。使い慣れたはずの教室とはいえ、こういった「場」を提供すると生徒たちは緊張を強いられます。このような経験を経て、生徒たちは自己PRの内容を磨き上げていきました。

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まとめ

 生徒たちに、『キャリアノート(テーマ3・4)』に取り組んだ実感を「キャリアノートは……」の文言の後に綴ってもらったところ、「新しい自分を発見できるもの」「自分の進路について理解を深める」「視野が広がる」「職業の図書館」等が挙げられました。
 これと同様に、3年間のキャリア教育を経験した3年生に「キャリア教育とは……」の後に言葉を書いてもらいました。体育学部への進学を一般入試で決めた女子生徒は「夢への扉」、音楽系の専門学校に進学する男子生徒は「進化」、3年間で着実に実力を伸ばした男子生徒は「点滴穿石」、保育士志望で4年制大学にAO入試で合格した女子生徒は「進路の実現」、建築士になるために大学進学を決めた男子生徒は「自分を見つめ直す」と書いてくれました。
 本校は、この3月に6期生を卒業させただけの非常に新しい学校です。この4月には9期生が入学する予定です。設立されてからまだ10年にも満たない学校であり、本校のキャリア教育はまだ完成形には程遠いところにありますが、教職員一同、他校に追い付け追い越せという気概を持って職務に励んで参ります。

※1 個人が保有する遊休資産の貸し出しを仲介するサービス。

※2 RIASECキャリア・ディベロップメントモデル。人の性格や志向をRealistic(現実的)、Investigative(研究的)、Artistic(芸術的)、Social(社会的)、Enterprising(企業的)、Conventional(慣習的)の6つの観点で評価し、職業選択等に活かす。米国の心理学者、ジョン・L・ホランドが提唱。

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