『夏期休業中のキャリア学習『高校生のキャリアノート』「インタビュー職業人」を活用した事例

1. 本校の概要

 1907年創立の本校は、美術・工芸・デザインを学べるユニークな工業高校です。伝統工芸分野の人間国宝4人をはじめ、美術、工芸、デザイン、物づくりの分野で活躍する卒業生を多数輩出しています。学科構成は、アートクラフト科、マシンクラフト科、インテリア科、グラフィックアーツ科、デザイン科の5学科です。教育課程は、1年次から3年次を通じて専門科目が多くを占め、座学よりも実習の時間が多く設けられているのが特長となっています。一方、普通教科の授業は普通科高校の約半分です。「総合的な探求の時間」も、“課題研究”という自分自身の作品を制作する実習に代替されています。

 

2. 進路状況

 卒業後の進路は、多くの生徒が美術・工芸・デザインの分野へ進みます。大学進学70%、専門学校進学25%、就職5%、が最近の割合です。工業高校のため、以前は就職者の割合が高かったのですが、最近は大学進学希望者が増えています。中でも美大希望者が圧倒的多数派になります。いわゆる東京5美大に進学する生徒が多く、また東京藝術大学にも浪人生を含めて毎年合格者を輩出しております。  
 一方で、本校で学んだことにこだわらず、経済学や心理学など、いわゆる文系学部への進学を希望する生徒も増えています。本校の教育課程では、そういった受験に不向きであるため、チャレンジする生徒への支援・指導が課題になっています。

 

3. 進路指導の取り組み

 主な進路指導・キャリア教育ですが、本校では、1年次の早い段階から進路ガイダンスを行います。工芸、デザインといった具体的な分野への進学、就職を志望する生徒が多いため、いきなり業界の概観、就業のためのルートといった内容から始めます。進学指導の場合、大学や専門学校との連携講座も多く、デッサンやポートフォリオ制作、実技入試の対策の指導にも力を入れています。総合型選抜や推薦型選抜で大学を受験する生徒が多く、実技やプレゼンテーションの指導に関しては、長年の蓄積があります。
 また、近年、一般受験の生徒が増えていることから、大学入学共通テストなどの対策にも取り組んでおります。2年次3学期に行う共通テストトライアルは、その年に出題された共通テストの問題にチャレンジする校内模試です。共通テストへの出願者が、学年の3分の1に達したことから、昨年より始めました。3年次には、一般入試や共通テストについて、具体的な勉強方法などの相談を受けたり、アドバイスしたりする機会も多めに設けています。普通科の進学校に比べると一般受験に向かっていく雰囲気が希薄で、周囲からの情報も少ないため、このようなテコ入れを適宜行っています(資料1)。

▼資料1 主な進路指導・キャリア教育

 

4. 夏期休業中に『高校生のキャリアノート』を活用

 次に、本校の進路指導・キャリア教育の課題です。大きく以下の4つがあげられます。

 3の「生徒のキャリア学習の時間確保」というのは、指導内容が固定化されているため、新しい取り組みの導入が難しくなっているということです。4の「生徒の幅広い職業観の涵養」ですが、高校生が知っている働く大人の実例はとても少ないのが現状です。生徒には、大人の働き方のサンプル、モデルケースを、ある程度幅広く知ったうえで、自らの進路を考えて欲しいです。特に本校の生徒は、入学当初から目指す分野が決まっていて、キャリアを直線的に考えがちです。これからの激しい変化の時代に向かう前に、働き方や職業について広い視野で考え、理解させることも大事にしたいと考えています。そこで、3と4の課題について進路学習教材を使うことで改善できないかを検討しました。
 そこで考えたのが、1年次夏期休業中のキャリア学習です。0ベースからの取り組みは、教員にとっても生徒にとっても負担が大きいので、既存の進路行事や進路の宿題を「改善する」という形で取り組んでみました。これまで本校では、1年次に「夏休み職業調べ」を実施していました。これは生徒各々が自分の興味のある職業について調べ、レポートを提出するというものです。これは個人で調べ、提出して終わりになっていることが多いという反省がありました。そこで「夏休み職業調べ」をよりアクティブに、個人の調べ学習の枠を超えて、他者とつながっていく学習にモデルチェンジするために、「働く大人にインタビューする」という企画を考えました。書籍やネットで調べるのではなく、実際に働く大人にインタビューすることで、そこに社会人との生きたコミュニケーションが発生します。また、その内容を生徒全体で共有することで、働く大人のサンプル数を増やし、様々な職業観を涵養するきっかけになるのでは、と考えました。活用した教材は『高校生のキャリアノート』<テーマ4 インタビュー職業人>(全国高等学校進路指導協議会 編集/以下『キャリアノート』)です(資料2)。

▼資料2 『高校生のキャリアノート』 <テーマ4 インタビュー職業人>

 

 教材を選んだ理由は、①インタビュー準備のためのワークシートもあり、それがコンパクトながら充実している点、②インタビューシートが簡潔で、質量ともに適切な質問を自分で考えなければならず、工夫が要求される点です。学習の概要として、生徒には事前に以下の点を示しました。

 それでは、インタビューシートの一部をご紹介します。『キャリアノート』の「職業人インタビューシート」は、Q1のみあらかじめ質問が書かれており(この仕事に就こうと思われたのはなぜですか?)、Q2からQ9の質問は自分で考えなければいけません。いざ実施してみると、インタビュー段階で9つ以上の質問をし、印象に残った個所を編集してまとめるという生徒がほとんどでした(資料3)。

▼資料3 『高校生のキャリアノート』職業人インタビューシート

 

 生徒が実際にした質問とその回答内容の一部をご紹介します。
 フリーのカメラマンさんへのインタビューでは、「自由に選べるからこその仕事を選ぶ基準を教えてください」と質問し、「新規の仕事であまりにお金が入らないものはやらない。若い時は自分がカッコイイと思うものをメインで受けていた。今はお金と内容のバランス」といった回答を引き出しました。フリーランスで仕事をすることの現実、シビアな側面を知る内容となっています(資料4)。
 大手広告代理店の営業職の方へのインタビューでは、「相手企業とコミュニケーションをとる上で大切にされていることは何ですか?」と質問し、「“同じゴールをちゃんと見ること”。ゴールの絵を共有することでそれぞれに何ができるか前向きな議論になる。俯瞰して見るクセをつける。視野を広げる。」といった回答を引き出しました。この生徒は、広告会社とクライアント企業とのパートナーシップについて学ぶところがあったようです(資料5)。

▼資料4 生徒のワークシート①

▼資料5 生徒のワークシート②

 

 夏期休業中に生徒たちがインタビューした職業人は、157人、105職種に及びました。内訳をみると、本校生徒が興味を持っているようなグラフィックデザイナーや建築士といったメジャーな職業はもちろんのこと、UIデザイナーやNFTクリエイターなどの比較的新しい職業や、整形外科医、航空事故調査官、手相・占い師といっためずらしい職業の方にインタビューした生徒もおり、アプローチした職種の幅の広さに驚きました。

 

5. 「職業人インタビュー」との連動企画を実施

 「職業人インタビュー」をより充実した学習に展開できるように、3つの連動企画を実施しました。
 1つ目は夏期講習「働く大人の話を聴こう」です。PTAと連携のもと、保護者の方々に自分の職業について語っていただき、生徒からインタビューできるという内容です。このような職業講話のイベントは、例年11月頃に実施していましたが、今年は夏休みのキャリア学習と連動させようということになりました。自分の子どもだけではなく、同じ学校に通う生徒たちの学びに協力したいと考えてくださる保護者の方は少なくありません。こういった方々は、多くの生徒にとって職業や社会を知る貴重なリソースであり、巻き込んで学びの場を作るに値する魅力的な存在であると考えています。
 また、様々な事情でインタビュー相手を探せない生徒がいる場合、この夏期講習に参加すればインタビュー相手を見つけられる、というメリットもあります。さらに、インタビューの質問を相互に見せ合うということで学習効果が上がります。何をどのように聞いていいかわからないという生徒は、集団でインタビューをする、互いのインタビューを見せ合うということで、他の生徒の様子を参考にでき、相乗効果が期待できます。
 夏期講習は、昨年(2022年)8月20日土曜日に実施しました。時間は10時から12時10分までの約2時間、場所は本校の視聴覚室です。第1部では保護者の方々にそれぞれのお仕事について講話をいただきました(資料6)。第2部は小グループに分かれてのインタビューです。こちらは生徒が主体になって、協力保護者の方々にインタビューしていく内容です。約30人の生徒が参加しました(資料7)。
 多くの保護者の方々は、自作のスライドを用意し、自分の職業についてプレゼンしていただきました。第2部では、発表者一人につき15分ずつインタビューできるようにしました。参加した生徒の満足度は高く、貴重な学びの機会となりました。今回、保護者の方にお願いしてよかった点は、年代的に、会社やその業界でのベテランの位置で活躍されている方が多かったことです。駆け出しの頃の話だけでなく、ある程度の年数、キャリアを重ねた中で見えてくるもの、伝えられることがあります。業界の変遷を含め、密度の濃い話を聞くことができました。インタビュー対象1人についてまとめることを宿題に課しましたが、複数人のインタビュー内容を提出した生徒もおりました。

▼資料6 「働く大人の話を聴こう」第1部

▼資料7 「働く大人の話を聴こう」第2部

 

 2つ目の連動企画は、「職業人インタビューの共有」です。生徒全員のインタビューを「職業人インタビュー全集」と題した簡単なデータベースに構築しました。作業は、各々が作成したインタビューシート157件を、9つの職業分野に分類した上で1枚1枚画像化し、学習支援ツールとして導入しているMicrosoft Teamsに取り込みます。各クラス2名ずついる進路委員にも編集作業に参加してもらいました。これにより、生徒の端末から様々な職業人のインタビューが閲覧可能になり、いつでもどこでも、読んだり調べたりできる状態になっています。データを共有することで、自分が調べたこと以上に学びが広がり、幅広い職業観の涵養につなげることが可能となりました。
 3つ目の連動企画は、「現代の国語」の単元である「話すこと・聞くこと」の授業内での活用です。「職業人インタビュー」を実施した1学年の担任である国語科の教員が、授業で使えることに気づいて活用してくれました。その結果、Microsoft Teams上の共有を超え、実際に生徒たちが、「話す・聞く」でインタビューの内容を共有することにもなりました。

 

6. まとめ

 以下に、取り組んだ生徒の声を紹介します。

「家族に仕事のことを詳しく聞く機会が初めて持てた」…自分の家族にインタビューするケースが多かったようですが、これまで家族に仕事の話を聞く機会があまりなかったという生徒が多く、今回それが良いきっかけになった、との感想がいくつかありました。
「その職業に就くために様々なルートがあることがわかった」…これは、キャリア形成は直線的ではない、という実感を持てた生徒がいたということです。

「同じ業界だけでなく別の業界のビジネスモデルが参考になる場合がある、という話が印象的だった」…社会人として長いこと働くと、結構当たり前に感じるようなことかもしれないですけれども、実際に働く前の生徒にとっては非常に新鮮な発見であったようです。

「担当する仕事をただやるのではなく、ミスが出ない工夫をしたり、同僚の働きやすさを考えることの大切さを知った」…これは、その組織の1プレーヤーというよりは、マネージャーとしての視点です。そういった部分も今回のインタビューで知ることができたという実例かと思います。
「技術や能力だけではなく、コミュニケーションや人間性がかなり大事であると感じた」…実際に仕事をする時に大事になってくること、働く大人の思考や工夫に触れる経験ができたようです。

 次に、指導側の振り返りです。実施後の収穫については以下の通りです。

「現状行っていたキャリア学習を、教材選びを工夫することで大幅に改善できた」…新たな取り組みを一から始めるのではなく、『高校生のキャリアノート』という進路学習教材を梃子にして、現状のキャリア学習を実のあるものに改善できたと思います。
「生徒が忙しい学期中ではなく、夏期休業中に実施することで、じっくり取り組ませることができた」…夏休み中に実施したことで、学期中は実習課題に追われて忙しい生徒に、やっつけの課題ではなく、じっくりと取り組ませることができました。
「PTAとの連携、国語授業での活用、全体での共有などを、一つのキャリア学習を多面的かつ有効に展開できた」…レポートを書いて提出しておしまいではなく、一つの課題に対して、場面を変えて繰り返し向き合わせることができました。他の生徒の取り組みを見ることで、相乗的な学習効果が得られたと思います。

 最後に、次回以降の課題としては以下の点があげられました。

「共有したインタビューの活用方法」…今回は、たまたま実施した学年の担任に国語の先生がいて、「話すこと・聞くこと」の授業で活用してもらう機会に恵まれました。そうした偶発的な活用だけでなく、生徒にとって学習効果が大きい有効な活用方法を、今後考えていく必要があると思います。
「持続可能性の確保」…今回の取り組みや足跡を履歴化し、整理して、毎年実施を続けられるような準備をルーティン化していきたいと考えています。特に今回、PTAの方々にご協力いただく準備が大変でした。PTAの幹部が交代しても、進路指導部の教員が入れ替わっても、持続可能なやり方を定着させていきたいと考えます。
 
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